新型コロナウィルスはどんどん進化しているようである。その一つとしてデルタ株(インド株)という変異株となって世界に蔓延し始めている。日本でもこのまま行くと8月末にはほとんどのウィルスはデルタ株になるだろうと専門家は言う。要は感染力が強く、重症化しやすいということだけは知っておいた方がよさそうだ。
そうこうしているうちに今日、7月20日であるが、間もなく東京オリンピックが無観客で開催される。入国した選手や関係者にも陽性者が出ている。バブル方式とかで一つのバブルの中に閉じ込められ、全ての行動は監視される。日本に来てもどこにも行けない。試合のためだけに来て、しかも応援する観客もいない。それでも開催される。不思議なオリンピックである。
開催の決定権はIOC(オリンピック委員会)が持っている。開催への反対署名も多いし、世論では「国民の80%くらいが開催を中止すべきと思っている」との発表もある。つまり「その気になれない!」という雰囲気が漂っている。それでも実行されるのである。
JOCにしても東京都にしてもひいては日本国としても結局は「何故、やるのか?」いや「何故、やめないか?」を明確に伝えきれていないところに真の問題がありそうだ。
そんな最中に7月19日、トヨタ自動車が東京オリンピック・パラリンピック関連のテレビCMを放送しないことを決定し、発表した。トヨタはオリンピックの最高位(一部情報によると今までも含めて4,000億円くらいのスポンサー料)のスポンサーを務めているが、大会の開催や運営に関する混乱で「いろいろなことが理解されないオリンピックになりつつある」と指摘、トヨタとしては様々な観点から決断したのであろう。
そして開催式にも豊田章男社長を含めてトヨタ関係者は開会式などへの出席も見送るという。私は英断であると思う。
日本を代表する会社、しかも莫大なスポンサー料を払っているのにもかかわらずである。当然、〝トップの決断〟である。
詳細は分からないが、オリンピックの開催において政治家や官僚やその他利権を持つ大勢がオリンピックに関係しているが〝判断、決断〟を誰がしているのか外から見ていてわからない。結局はリスクを取らない、責任をとらない、とっても辞任するだけのことである。
だがトヨタはあらゆる視点から決断した。しかし「本来の主役であるアスリートに良い環境を提供していく」として選手や関係者の移動に使われる自動運転車など3340台の提供は続けるという。
コロナ禍でオリンピックが開催されるということは「希望の明かり」と小池都知事は言い、菅総理は「多様性と調和」と言った。東京で感染者が毎日1000人を超える中では空虚な言葉にしか聞こえないのは残念である。
さて、話は変わるが、この6月に親しくしている「週刊文春」と「number」の編集局長をしていた新谷学さんから「月刊文藝春秋の編集責任者になる」というハガキをいただき「最後の大勝負です」と自筆での添え書きもあった。
文藝春秋は来年が創刊100周年だそうだ。作家であり、経営者であった菊池寛が創業した会社でもあるが、デジタル社会の進展と共に週刊誌や月刊誌は次々と廃刊に追い込まれている。新谷さんは週刊文春を「スクープで守り、文春オンラインで稼ぐ」というビジネスモデルをつくってきた。
そして、そんな人事異動の中『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』を贈ってこられた。アナログを中心とした書籍の社会、この社会もデジタル化の波が大波となって押し寄せている。その中でもイノベーション実践者としての成果を上げてきた新谷さんである。この本の中にこんな文章があるので、そのまま記載させていただく。
「私が何かを決断する時の基準は正当性、合理性、リアリズムだ。正当性のあるビジネスならば消費者は支持してくれる。合理性のないビジネスは持続可能ではない。リアリズムに欠けると不測の事態への対応が遅れる」
まさにこの三つの言葉を照らすとトヨタ自動車の今回の決断がそのまま当てはまる。
そして次に
「変革期におけるビジネスの本質を大きなスケールで語れるリーダーが最近、少なくなったように思う。リスクに過敏な炎上恐怖症などはその象徴だろう。業績が思わしくなく、リーダーが自信を失うと、社内に〝評論家〟が増える。そういう人はできない理由を並び立てて、周囲を納得させるのがうまい。そんな状況ではまともなイノベーションなど、できるわけがない。人間はもともと非連続的な変化を嫌う動物なのだ。
だが、目先の帳尻合わせ、コストカットばかりでは先細りになるだけだ。時代は待ってくれない。大乱世において、生き残るためには組織を土台から作り直す破壊的なイノベーションが求められることだってある。そんな時こそリーダーは筋のいい戦略、ストーリー性のある戦略を伝えることが大事」
合点である!これは「変わらないために変わろう」という項目の一部である。
そして私が最も感じ入ったところであるが、
「戦略の根底には数字ではなく、自らのビジネスへの誇りと愛がなくてはならない。その上で頑張って働くことで、どんな未来につながるのか、どこに光明が差しているのかをできる限り具体的に情熱を込めて語ることだ」と新谷さんは記している。
コロナが1年半余も続くと「水ガメの水も枯れてきている会社」も多くなっている。だからこそ今、何を意思決定して生き残るのか、その基準を考えてみよう。
私は、次のように意思決定基準を考えている。
1.両親、良心に恥じないか
2.会社を守れるか
3.お客様のためになるか
4.コンプライアンス(法律的)問題になっていないか
5.少しでも社会の役に立っているか
である。
※文藝春秋社の新谷学さんが週刊文藝春秋編集局長から月刊文藝春秋の編集長になられ、就任早々、『獲る・守る・稼ぐ 週刊文春「危機突破」リーダー論』を光文社より上梓されました