和田の本棚(2021.8 №46)

 

和田の本棚

和田の書棚から「気になった一冊」をとりあげて紹介いたします。

著者:柳田邦男

発行所:新潮社

2007年4月20日第1刷発行

定価:1400円(税別)

<本紹介>

匿名で中傷や攻撃を繰り返す人々、ゲームに汚染され、心の発達が止まった子供たち、他人の痛みにまったく鈍感な役人や企業…日本人の精神は、どこまで壊れてしまうのか?大事なのは組織の一員としてではなく、被害者やその家族だったらどう感じるかという視点を持つことだ。ネットやケータイの弊害を説き続ける著者が、大切なものを見失ってしまった日本人に『「ネット社会」はこの国から大切なものを奪っていく』と警鐘を鳴らす。

<気になった言葉>

〇ケータイ・パソコンによる言葉の表現やコミュニケーションでは、情緒豊かな心の発達が阻害され、他者に向ける言葉への倫理観や責任感が欠落してしまう…日常の中で自分の手で「書く」ことを取り戻してこそ「自省」や「自制」の心を生むことが可能になる(33P5L~)

〇物質の毒であれば、血液に入っても血液脳関門(ブラッド・ブレイン・バリアー)と呼ばれる組織(いわば濾過膜)によって、脳内に入るのを防ぎ、脳の神経細胞を守る仕掛けがある。しかし、情報は信号であって物質でないから、眼や耳から入ったら、何のバリアーもなく、ストレートに脳を直撃することになる(53P後ろから7L~)

◎「人を殺したらどうなるか試してみたい」…というかつてなかった〝動機〟による少年少女や若者の凶悪事件が、この十年ほどの間につぎつぎと繰り返された。…この特異な時代傾向は、映像化・IT化によるバーチャル情報の圧倒的優位性という時代の特質と濃密に関係しているのだ。これは文明の危機であり、人間形成の危機だ(91P3L~)

〇日本人は…状況や条件の変化によって柔軟に対処していくという生き方がにが手のように見える。…柔軟な選択肢のない生き方は、個人であれ国家であれ、悲惨な結末をたどることになりかねない(206P後ろから5L~)

…は中途略を表わします

[感想]

パソコンや携帯に絶え間なく送られてくる大量の「情報」。「あなたにお薦めの商品は…」を鵜呑みにはしないけれど、自分が触れた情報がさらに解析され、その嗜好にあった情報がさらに送られてくるから、どうしても考えが偏ってくる、そうして人々がどんどん二極化していく。

SNSの通知に手が、思考が止まる。それより何よりそうした猥雑な情報に脳が疲れて「熟考」するエネルギーも時間もさらには心の余裕もなくしていく。自分でもわかっているのに遮断することはできない。

この本の原稿が書かれていたのは2006年。当時からこの警鐘に頷く人は少なからずいたはずなのに、今、さらに事態は悪化している。巨悪な犯罪ではなく、凶悪でいびつな事件ばかりが増えている。

水俣病、血液製剤によるC型肝炎ウィルス感染、トンネル工事でのじん肺(粉塵対策を怠ったことによる労働災害)、原爆症不認定、その根底にあるのは「経済効率主義」「財源主義」、官僚はその〝ルール〟にのっとって感情を排して仕事をせざるを得ない。地方自治体の大合併もそうだ。そんな社会が延々と続く中で、私たちは生き、価値観を醸成してきてしまった。

それでも筆者は一部の心ある人々の存在に希望を託す。御巣鷹山の事故当時、現地で精魂尽き果てるまで遺族の支援に明け暮れた社員が体験をJALグループの社員に語る自主活動には毎回数百人が詰めかけ、息を吞む表情で耳を傾ける。その様子を「かくも真摯な社員たちのいるこの会社は確実に変わり始めていると実感した」と語っている。

長崎の原爆資料館を訪れた時、あまりの悲惨さに言葉をなくしたし、怒りもわいた。でもその数日後、ちょっとした火傷をした時に「こんな火傷でこれほど痛いのなら、彼らの痛みは…」と思い至った自分がいた。自分が感じた「痛み」をどれだけ他者にも投影できるか、他者という大勢の中の一人でもなく、人生を背負い、人格ある存在として、一人の人をどれだけ見つめていかれるか、それが優しさにつながり、エゴや自分の中に潜む残虐性をも内包していくのだと思う。

[和田のコメント]

地方の方には少し理解しづらい光景であるが、東京の通勤電車はほとんどが7人掛けの座席である。ほとんどの時間帯、この7人掛けに座っている人たちがほぼ7人ともそれぞれにスマホを操作している。そうした光景は今や日常化している。

この「人の痛みを感じる国家」の著者、柳田邦男さんは先般亡くなられた立花隆さんと並んで、この30年くらい、変わりゆく社会の変化の中で最も人間にとって大切な社会現象を独自の視点で捉え、警鐘を鳴らしてきたという点で私も注目してきた評論家であり、ジャーナリストであり、作家である。

柳田さんは2007年にこの本を出している。インターネットが出始めて10年目頃、携帯電話がガラケーからスマートフォンに変わり始めた頃から、社会で起こる、特に未成年の子どもたちが関わる事件について取材し、声明を世に出してきた。

そうした事件の遠因として、ネット社会への警鐘を鳴らし続けているのである。子どもがパソコンやスマホを長時間さわり続けると脳に少なからず影響を与え、特に心の発達に影響を及ぼしていることは既に米国などで社会課題として取り上げられている。

この本の中でも精神科医である岡田尊司氏が医療少年院で診てきたことが書かれている。ネット社会(これを発表したのは20年くらい前のこと)の中で、「中学生くらいになっても心の発達は6~8歳止まりになっている」という。では、6~8歳の子どもとは、どのような特徴を持っているのか

  1. 現実と空想との区別が十分ではなく、結果の予測能力が乏しい
  2. 相手の立場、気持ちを考え、思いやる共感能力が未発達である
  3. 自分を客観的に振り返る自己反省が働きにくい
  4. 正義と悪という単純な二分法にとらわれやすく、悪は滅ぼすべしという復讐や報復を正当化し、その方向に突っ走りやすい
  5. 善悪の観念は心の中に確立されたものではなく、周囲の雰囲気やその場の状況に左右される

2016年に相模原の障がい者施設で26歳の職員に19人が刺殺され、26人が重軽傷を負った事件、この8月6日には小田急線の車内で36歳の男に10人が切りつけられた事件があった。このような事件がちょくちょく発生する。

彼らの生い立ちは分からないが、この本で指摘しているように、社会変化の中で心が壊れてしまった一つの現象なのかも知れない。

こういう面からみても、一日中、スマホを手から離せない人が溢れる日本の未来は決して明るいものではない。そういう指摘をしている本である。家族で一読すべき本だと思います。