明治維新以来、「近代化=西洋から新しい産業技術を学び、日本を欧米並みの近代国家にする」という大方針を維新政府は掲げてきた。それを代表するものが「富国強兵」であり、この政策は一言でいえば「国家の経済を発展させ、軍事力を増強する」というものであった。
そのためには大砲を造り、鉄の船を造るということであり、鉄、すなわち製鉄所を造ることが先決であった。
日本最初の製鉄所は「1901年(明治34年)に北九州で操業された官営八幡製鉄所」というのが一般的である。私の小学校時代(昭和30年代初め)の教科書にはこの八幡製鉄所のことが書かれていた。
それから100年の期間、富国強兵策によって昭和の時代まで「鉄は国家なり」とわれたように、日本の近代産業の頂点として君臨し、鉄道、橋、船、ビル、自動車、電気製品、電柱等々、その時代時代に繁栄した産業のほとんどに鉄は使われてきた。今もそうである。
しかし今、この製鉄所が厳しい状況にある。
官営八幡製鉄所が存在した北九州市は、この製鉄と石炭で栄えた。しかし今や石炭は消滅している。
80年代には北九州市の鉄鋼製品出荷額は年間約1兆円を誇ったと言われている。鉄が無数の人の暮らしを支え、地域を潤したのである。
だが、令和を迎えた今、その面影はない。製鉄最大手の日本製鉄が2基の高炉のうち1基の休止を決めた。昭和の最盛期は6基の高炉がフル稼働し、10万人を超える人が働いていたという。現在は高炉1基に3,000人が従事するのみ。日本製鉄は茨城県鹿嶋市、和歌山市、広島県呉市でも2023年までに閉鎖や高炉の休止に踏み切る。
業界第2位のJFEスチールも川崎市の高炉1基の休止を決めた。90年代まで当時、世界最大手の新日本製鉄、川崎製鉄、住友金属工業の3社が世界の粗鋼生産量トップ10に食い込んでいた。しかし19年度のランキングでトップ10に名前があるのは新日鉄と住友金属が合併して生まれた日本製鉄(3位)のみである。
というのも中国や欧州の製鉄所では中国は国営であり、欧州は合併などによって力をつけ、価格競争に勝つ力をつけているのである。
もう一つの最大の課題は「脱炭素」という世界の潮流である。
日本も現政権は「2050年までにカーボンゼロの脱炭素社会をめざす」と宣言したが、製鉄各社は「無理!」と反論したという。高炉を使うと「鉄1トンを生産するのに2トンもの二酸化炭素が排出されてしまう」という。私自身はこの知識はないがニュース記事で目にした。
今に始まったことではないが北海道の室蘭、岩手の釜石などは「製鉄の町」として栄えた。これらの町は粗鋼生産の衰退と共に町も衰退している。もはや町に行っても繁栄の面影はない。
この鉄に関連している産業で今や日本産業の牽引役産業はトヨタ自動車を中心とする「自動車産業」である。この自動車産業もトヨタの豊田章男社長が3年前に発言した「100年に一度の大変革」が来ているのが現実の流れになりつつある。
それは二つの動きからも予想できる。その一つは、やはり世界の国家が地球温暖化に対して危機を露わにし、「脱炭素社会」のための政策を次から次へと打ち出し始めたということである。
世界最大の自動車市場になった中国は「脱ガソリン車」を掲げ、具体的な行動に出た。国家の決め事を徹底する中国のやり方は「絶対」なのである。中国を先頭に各国も動き出した。自動車各社にとってはまさに「ゲームチェンジ」であり「二酸化炭素削減」という「新たなルール」になる。
その先頭を走り始めたのが米国のテスラモーターである。EV自動車ではまだ50万台足らずであるが、株式時価総額は約80兆円にもなり、業界世界トップのトヨタの4倍近い株式価値をつけている。今、自動車産業が最も恐れるのはテスラばかりでなくITの巨人企業になった「アップル」や「グーグル」の参加である。
EVになると、従来のガソリン車が100年かけて築き上げてきた自動車産業の生産方法が変わる。つまり電気で起動するモーターを使用するので燃費性能の良いエンジンは不要になる。このことによってガソリンエンジン車のパーツ数は約3万点だが電動モーター車のパーツ数は約2万点とパーツ数も少なくてすむ。すなわち1万点の部品を作っている会社は不要となるということである。
日本の自動車産業は完成車の組み立てをする自動車メーカーの下に1~3次までの部品メーカーがあり、そこで働く人は約500万人強といわれている。そのうちの約30万人がEV車になると不要になると言われている。
しかも自動車そのものがコンピュータ化し、スマートフォンを開発し、圧倒的なITの技術集団を有するアップルがEVや自動運転に参入してくると、このスピードはさらに速くなり、「既存自動車メーカーは今までのノウハウが極端にいえば不要となり太刀打ちできなくなる」とも言われている。
トヨタ自動車は静岡県裾野市の工場跡地を利用して「ウーブン・シティ(Woven City)」を開発する式典を2月に実施した。
EVや自動運転、エネルギーなど、生活者が「近い未来の都市で住む」というコンセプトの町をトヨタがつくる。トヨタですら今までの成功や成長の延長戦には未来はない!と判断している証左である。
以上の二つの産業は日本産業をこの70年間支えてきた。しかし、この30年でさらに凋落した業界がある。「家電メーカー」である。
街や郊外にはどこにでも家電の大型店がある。地方都市の駅前も百貨店から家電の大型店にチェンジした。しかし店内は日本の家電製品ばかりではない。携帯は「アップル」や「サムスン」である。テレビも「LG」や「サムスン」、中国メーカーが揃う。世界でも既に「メイド・イン・ジャパン」の家電は消えつつある。
これは鉄鋼業界、自動車業界同様、次の考えが家電メーカーを落とし入れたからである。
「他のどの国にも作れないと思っていたものがいつの間にか、どの国でも作れるようになったという現実から目を背けてきた」と業界の専門家は言う。その現実が「大型家電店の売り場」にある。
こんな話しが記事にあった。「技術っちゅうのは鰻屋の秘伝のタレみたいなもの」、こう豪語したのは1998~2007年までシャープの社長を務めた町田勝彦氏である。「液晶」をシャープの戦略とし、「高品質の液晶技術はシャープの専売特許だ。誰もマネできない」と…。
これはしばらくは正しかったという。しかしあっという間に韓国や中国のメーカーは完璧に模倣した。「秘伝のタレ」にはならなかったのである。シャープは2016年に台湾メーカー、鴻海(フォックスコン)の傘下になり、液晶製品をアップルに安く卸す下請け同然の会社になってしまった。
今や全国の地方都市にあった電機メーカーの工場は消滅しつつある。このように日本の成長、繁栄の源となった業界が大変革の波に押し流されつつある。これはすなわち国家の衰退を意味する。どうしたらよいのか?
「30年ビジョン」をつくり、「官」と「民」と「学」とが一体化して「何をすべきか?」を明確にし、具体的な国家戦略として実行するしかないだろう。
二流国家に成り下がらないうちに。時間はあまり残されていないと思う。